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エマーソン・フィッティパルディ - 華麗に登場したブラジルの星

Emerson Fittipaldi エマーソン・フィッティパルディ

Emerson Fittipaldi エマーソン・フィッティパルディ

1946年12月12日、ブラジル生まれ。

  • F1デビュー: 1970年イギリス・グランプリ
  • 出走: 144回
  • 優勝: 14回
  • ポールポジション: 6回
  • ワールドチャンピオン: 2回
ブラジルの英雄 エマーソン・フィッティパルディ

1970年、23歳でF1にデビューし、その年に初優勝。2年後の1972年には弱冠25歳にして、初のワールド・チャンピオンに輝くという、まれに見るスピードで出世街道を駆け上がったエマーソン・フィッティパルディ。

当時、母国ブラジルではサッカーのペレに匹敵するスーパー・スターでした。

1970年春、モータースポーツ・ジャーナリストを父に持つ、23歳のフィッティパルディは、F3で大活躍していました。
その彼に目をつけたのが、ロータス・チームのオーナー、コーリン・チャップマンでした。

若く、才能に溢れたこのブラジル人は、異例の大抜擢を受け、7月のF1イギリス・グランプリにチーム・ロータスの一員としてF1デビューを飾ります。

このイギリス・グランプリに旧型マシン、ロータス49に乗った彼は、8位で完走、続くドイツ・グランプリでは4位で初ポイントをゲットします。

旧型に乗っていたフィッティパルディに対し、新型マシン72に乗っていたのは、今をときめくヨッヘン・リントでした。
しかし、そのリントがイタリア・グランプリで死亡したため、新型72がフィッティパルディに与えられます。

ロータス72での最初のレースとなった、アメリカ・グランプリでF1初優勝。非凡な才能を世界に知らしめると同時に、ロータスのエース・ドライバーへと昇格します。
が、1971年はロータスがタービン・エンジンのマシンに労力をそがれ、1勝も出来ずに終わります。

ロータスに乗るフィッティパルディ

翌1972年は、改良が加えられ、カラーリングもゴールドリーフから、黒と金のJPSカラーに変わったロータス72で、シーズン5勝をあげ、初のワールド・チャンピオンに輝きます。

25歳でタイトル獲得という当時の最年少記録は、33年後の2005年にフェルナンド・アロンソが23歳でワールド・チャンピオンになるまで、破られることはありませんでした。

1973年、フィッティパルディの開幕2連勝で始まったシーズンでしたが、チームメイトのロニー・ピーターソンの台頭や、オランダ・グランプリの予選中に アクシデントから足首を痛めるなどし失速。老練なレース運びを見せる、ティレルのジャッキースチュワートにタイトルを奪われてしまいました。

ロータスからマクラーレンに移った1974年、優勝3回、2位2回、3位2回の好成績で2度目のワールド・チャンピオンを獲得します。

1975年はフェラーリとニキ・ラウダの年となりましたが、フィッティパルディも優勝2回と2位4回で、ランキング2位に食い込んでいます。

しかし、彼がF1で大活躍するのはここまででした。
1976年、兄ウィルソンが新たに立ち上げたチーム、コパスカーに移籍。

1974年 マクラーレンに移籍したこの年2度目となるワールドチャンピオンを獲得

戦闘力のないマシンで戦い続けますが、この後、1980年にF1を引退するまで、目立った成績は残せませんでした。

華々しいF1デビューから、あっという間にスターダムにのし上がったフィッティパルディは、結果的には、それ以上に長い不遇の時代を過ごすわけですが、それはもちろん彼の実力が衰えたということではありませんでした。

後に、活躍の舞台をアメリカに移したフィッティパルディは、1989年と1993年の2度、インディ500を制し、1989年にはシリーズ・チャンピオンにも輝いています。

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