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ジム・クラーク - 最初の天才ドライバー

Gim Clark ジム・クラーク

Gim Clark ジム・クラーク

1936年3月4日、スコットランド・キルマニー生まれ。1968年4月7日、ホッケンハイムのF2レースで事故死。

  • F1デビュー: 1960年オランダグランプリ
  • 出走: 72回
  • 優勝: 25回
  • ポールポジション: 33回
  • ワールドチャンピオン: 2回
ジム・クラーク 抜群の速さを誇った天才ドライバー

ジム・クラーク。F1グランプリ史上、天才ドライバーと呼ばれた最初の人。

その速さは際立っており、特に初優勝した1962年から1965年までの3年間は、出走38レース中、優勝19回、ポールポジション24回、さらに’63年と’65年にはインディ500にも出場し、2位と優勝という驚異的な成績を残しています。

そんな天才ドライバー、ジム・クラークが優勝する時、いつも傍らにはチーム・ロータスのオーナー、コーリン・チャップマンの姿がありました。

ふたりの出会いは1958年、ブランズハッチで行われたツーリング・カーのレースで、ワークスのロータスに乗るチャップマンの前を、プライベート・マシンのクラークが走ったことがきっかけでした。

1960年、ロータスに入りF1デビュー。
デビュー戦となったオランダ・グランプリで、一時は4位を走る活躍を見せ、続くベルギーで5位に入り初ポイントを獲得します。
しかし、当時のロータスの戦闘力は低く、初優勝は革新的なモノコック構造をもつマシン、ロータス25が登場する1962年まで待たなければなりませんでした。

この年、本人が「大嫌い」と言うベルギーのスパで初優勝し、イギリス、アメリカでも優勝、シリーズをリードしていましたが、最終戦南アフリカでエンジン・トラブルでリタイアし、グラハム・ヒルにタイトルを奪われてしまいます。

1963年、クラークは全10戦中、なんと7勝をあげるという圧倒的な速さで初のチャンピオンを獲得。

1964年はマシン・トラブルに悩まされ、優勝3回で、ランキング3位。
しかし1965年には、開幕戦から6連勝と大活躍。8月1日には早くも2度目の世界タイトルを確定していました。

F1のエンジンが1500CCから3000CCに変わった1966年はマシン性能の低さから、1勝にとどまります。

表彰台のジム・クラーク(右)とコーリン・チャップマン

伝説のマシン、ロータス49が登場した1967は、優勝4回、ポール・ポジション6回と速さは見せたものの、チャンピオン獲得はなりませんでした。

そして、1968年。
開幕戦南アフリカで勝ち、誰もが今年はクラークの年、と思っていた矢先、ホッケンハイムで行われたF2のレースで、彼らしくなく中団を走っている時、クラッシュして命を落としました。

ジム・クラーク以降続く、天才ドライバーと呼ばれる英雄たちの悲劇。
ヨッヘン・リント、ロニー・ピーターソン、ジル・ビルヌーブ、アイルトン・セナ...。

その不思議なほど共通する悲しい末路をたどった最初の人でもありました。

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