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ジル・ビルヌーブ - 闘う勇気

ジル・ビルヌーブ
ヘルメット越しのビルヌーブ

グランプリ史上、ジル・ビルヌーブほど闘い続けたドライバーが他にいたでしょうか?
どんなに不利な状況にあっても、どんなにマシンの調子が悪くても、言い訳せず、諦めず、コーナーを横っ飛びに駆け抜けていった、ビルヌーブの姿が忘れられません。

駆け引きや戦略など、そんな考えははじめから持ち合わせていない真のレーシング・ドライバーでした。

'79年、フランス・グランプリでのルネ・アルヌーとのホイールをぶつけ合いながらのバトル、オランダではタイヤがバーストしてもレースを諦めず、カナダではウイングを失ったまま闘い続けました。

'81年のモナコとスペインでは、圧倒的に不利な状況にもかかわらず、走らないマシンと格闘し2連勝。

そして'82年には、あっさりと、われわれの前から姿を消してしまいました・・・。

グランプリ6勝。わずか5年のF1人生でした。

コクピットから脱出するビルヌーブ

確かに彼の走りは危険と隣り合わせでした。
極限状態での強い闘争心とは、当然リスクの高いものなのです。
しかし、彼はリスクを恐れませんでした。誰もが恐れるリスクを彼はすすんで取ろうとしました。
それがビルヌーブにとってのドライビングであり、人生だったのです。

そもそも、リスクを取らない闘いなど、ありはしないのです。
危険を冒さない生き方など、はじめから敗北しているに過ぎません。

何かをしようと思えば、殴られて、打ちのめされる覚悟をしなければいけない、否定され、批判されることに、自ら立ち向かっていかなければならないのです。

ビルヌーブの生き方を思うと、自分自身を恥ずかしく感じます。
弱虫な自分、臆病な自分、リスクを避けることばかり考えて生きている自分を、恥ずかしく思います。

'82年 ベルギー・グランプリ予選 大破したビルヌーブのマシン

ジル・ビルヌーブは圧倒的に不利な戦いでも、まるで本気で勝とうとしているかのように闘いました。
いえ、そういった困難な状況の時こそ、彼は闘争心を燃やして闘ったのです。
きっと、それが本当の勇気なのでしょう。

ビルヌーブは死にました。
しかし、すべてを賭けて闘い、死んで行ったビルヌーブの人生を、わたしは美しいと思います。
人間はそうやって、何千年も何万年も生きてきたのです。
闘う勇気を、ドライビングに対する情熱を、華麗なテクニックで表現しつくした、真の英雄です。

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