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ラウダ復活 予告通りの優勝

1982.4.4 USウエスト・グランプリ(ロングビーチ市街)

ロングビーチのスタートシーン

1979年カナダ・グランプリ、金曜日のフリー走行終了後、「レースだけが人生じゃない」と、突然引退したニキ・ラウダ(マクラーレン)が、マルボロとマクラーレンのロン・デニスの説得を受け、このシーズンからカムバックしました。

そして、第3戦となるここロングビーチで、早くも優勝。

レース後の記者会見場にリンゴをかじりながら登場したラウダは、「F1にカムバックする時、本来の走りを取り戻すのに、3レースはかかるだろう、と言った のを憶えてるかい?ここがちょうど3レース目だよ」と語り、記者からの2、3の質問を軽くかわすと、さっさと会見場を去って行きました。

このレース、優勝したラウダにとって困難だったのは、ライバルたちとの戦いよりも、ラインを外すととたんにグリップを失い、コンクリート・ウォールに直行してしまう市街地サーキット特有の特性と、彼自身の体力だったようです。

ライバルと呼べたのは、15周目までレースをリードし、その後パスしたポール・スタートのアンドレア・デ・チェザリス(アルファロメオ)ぐらいでした。

2位ロズベルグに襲い掛かるビルヌーブ が、失敗

そのチェザリスはラウダにかわされた後、22周目にウォールにクラッシュし、姿を消しています。

白熱していたのは、その後方、2位を争っていたジル・ビルヌーブ(フェラーリ)とケケ・ロズベルグ(ウィリアムズ)でした。

ふたりは激しいバトルを演じて、何度か順位を入れ替え、最終的にはビルヌーブが1コーナーの飛び込みで、ロズベルグをアウトから強引にパスしようとしましたが失敗し(写真左)、ロズベルグの2位が確定しました。

「彼がストレートに続くコーナーの進入時のブレーキングに失敗して終わったよ。彼は無理な突っ込みで私をパスしようとし、ハーフ・スピンしながら真直ぐ行ってしまった。いや凄まじかったよ」とロズベルグ。

3位のビルヌーブはその後、ミケーレ・アルボレート(ティレル)の追い上げに苦しめられますが、ティレルのマシンにギヤシフトのトラブルが発生し後退、5 位のリカルド・パトレーゼ(ブラバム)に抜かれ、最終的には3位ビルヌーブ、4位パトレーゼ、5位アルボレートの順でチェッカーを受けました。

が、レース後、ティレル・チームからフェラーリのリヤ・ウィングに対してクレームがあり、ビルヌーブは失格となり、それ以下の順位がひとつづつ繰り上がりました。

復帰後初優勝のラウダ(中央) 2位ロズベルグ(左) 3位ビルヌーブ(右)はこの後ウイングの規定違反で失格

このリヤ・ウィングは、規定でウィング幅の制限があるため、規定内のウィングを2つ、左右にオフセットして取り付けたものなのですが、さすがに認められませんでした。

このレース自体は、それほど印象に残るものではありませんでしたが、ニキ・ラウダが復帰後すぐに優勝したこと、また、彼とブラバム時代チームを組んだネルソン・ピケや、この二年後マクラーレンに加わったアラン・プロストが、彼から多大な影響を受けたこと、更にはラウダと信頼関係を築いたロン・デニスが、マクラーレン・チーム内で実権を握っていくことなどを考えると、非常に意味のあるラウダの復帰、そして優勝だったと思います。

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