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天才ドライバー 天に召される

1994.5.1 サンマリノ・グランプリ(イモラ)

セナのウイリアムズ・ルノーが高速タンブレロでクラッシュ

モーターレーシングに人生のすべてを捧げていたアイルトン・セナが死にました。

右の写真は’94年サンマリノ・グランプリが行われたイモラサーキットの第1コーナー・タンブレロにセナのウイリアムズが激突した直後の画像です。

この事故にショックを受けた多くの人にとって、見たくもない画像かも知れません。

しかし、私はモーターレーシングに偉大な足跡を残した英雄の死を、目をそらさず、心に焼き付けたいと思います。

たったひとつのことに、人生のすべてを賭けられることほど、男にとって冥利に尽きる生き方はないかも知れません。

そんなセナは、私にとって憧れの存在でした。
セナはF1にデビューする以前から特別な存在でした。
彼の言動や表情には、他のドライバーとは違う何かがありました。

大破したマシンの横で応急処置を受けるセナ

勝つこと、速く走ることに全身全霊を懸けて闘ったセナからは、何か特別なエネルギーのようなものが発散されていたように感じます。

ただ、その速く走ることへの情熱が、モーターレーシングという競技においては、時としてドライバーを死の淵へと追い込んできました。

ジム・クラーク、ジル・ビルヌーブ、そしてアイルトン・セナまでも・・・。

1994年サンマリノ・グランプリは、予選初日から不吉な予感をはらんでいました。
金曜日のルーベンス・バリチェロ(ジョーダン)の大クラッシュに始まり、予選二日目のローランド・ラッツェンバーガー(シムテック)の死亡事故・・・。

そして迎えた決勝。
スタート直後、エンジン・ストールしたJ・Jレート(ベネトン)にペドロ・ラミー(ロータス)が追突し、両車のパーツがコース上に散乱してしまいます。

最速ウイリアムズに移籍したセナ最期の年 どこか悲しげな表情

この事故で観客数名が負傷し、レースはセーフティーカーがコースに入り、5周に渡って先導します。

誰もがもう何も起きないでほしいと願う雰囲気の中で再スタート。
先頭はセナ、シューマッハがそれに続きます。
セナはシューマッハを引き離しにかかりますが、差は開きません。

そして、再スタート後2周目の高速タンブレロでセナのウィリアムズ・ルノーがコースアウト、300キロ近いスピードでコンクリート・ウォールに激しくクラッシュ。

事故の原因については、諸説あり、ステアリング・コラムの破損が有力視されていますが、どうなのでしょう。

直後を走っていたシューマッハは「その前の周にも、セナのマシンは後部が路面に接触していた。そして、このコーナーでは非常に神経質な動きを見せ、コントロールを失いそうだった。その1周後、とうとう本当にコントロールを失ってしまった。マシンが路面に接触してリヤが滑り、スライドを抑えきれなくなったようだ」と語っています。

事故後、病院に運び込まれたセナは、意識を回復することなく、午後6時40分、その心臓の活動を停止しました。

ホンダと過ごしたセナ黄金時代

レース終盤、この悪夢のような週末に最後のアクシデントが起こります、タイヤ交換と燃料補給を終えたミケーレ・アルボレート(ミナルディ)のマシンがピッ ト・ロードを走行中、右リヤタイヤが外れ、フェラーリとロータスのピットクルー4人を負傷させたのです。

事故続きだったレースは、シューマッハが開幕3連勝で締め括り、片山右京(ティレル)が5位に入る健闘を見せました。

あれから13年。安全性の向上に努めてきたF1は、この間一人の死者も出していません。

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